さいくるさいくる

以前から注文していたGIANTのGREATJOURNEYが届く。
ツーリング用自転車の人気機種なのだが、標準装備でリアバッグ×2とフロントバッグ×2が
ついているあたりはやはりさすが。
車体自体も非常に頑丈に出来ていて、たしかに長旅にも耐えられそうな具合である。
自転車をいじってパーツを買いにいって、またそれを取り付けて足りないパーツを買いに行って・・・
とやっているとあっというまに日にちが過ぎてしまう。
もっと映画を見なければいけない。(いやそれ以上に勉強もしなければいけない・・・本来は。)


飯田橋日仏学院の付属映画館でゴダールの「アルファヴィル」を見る。
自分の世代の生まれだと、既にゴダールが物語から離れた後のイメージが強いから、
その路線上にこういうものを位置づけるのが非常に難しく感じるのだけれど、
それでもやはり何か不可思議でゴツゴツしたものを感じる。
ゴダールという人はよく「映画を壊した男」などと言われて、自由なイメージがあるが、
実は常に何かに縛られている。幾多の制約を自分に課して、その不自由の中で映画を作っていくうちに、
結果的にその映画が既存のものと全く違うものになってしまっているだけなのである。
だからその映画には全て何かゴツゴツした感触がある。
そしてだからこそ(=自由でないからこそ)あれだけ映画について考え続ける事が出来るのだろう。


しかし映画の場合もそうだが後から生まれたものには常に時間軸が失われている。
オーネット・コールマンベニー・グッドマンを同じ時間平面上で聴くのにいったい何の意味があるのだろうと時々考える。